連載

「飲み会」はどこへいくのか——「労働」と「飲酒」から考える【調達/購買コンサルタント・坂口孝則×宇野常寛】

宇野常寛

連載「『飲まない』大人の暮らし方

飲み物、ことアルコール飲料は紀元前より「嗜好品」として人々に親しまれてきた。日本においては約2,000年前、稲作の定着と共に本格的な酒造が開始されたとされており、現在も嗜好品の一つとして確固たる地位を築いているように見受けられる。

しかし、徐々にその立ち位置は変化しているのではないだろうか。「あえて飲まない」ソバーキュリアスなライフスタイルが普及し、「酒=大人のたしなみ」という構図は少しずつ崩れつつある。現代を生きる私たちにとって、「酒」とはどのような意味を持つのか。また、ソバーキュリアスなライフスタイルの発現の背景には、時代のどのような変化が隠されているのだろうか。

この連載「『飲まない』大人の暮らし方」では、評論家・宇野常寛がさまざまな知見を持つ識者たちとの対話を通して、多角的に嗜好品としての酒の現在地や、「飲まない」大人のライフスタイルについて考えていく。

第4回にお迎えするのは、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏。コンサルタントとして、数多くの企業に携わってきた同氏に、「流通」と「企業文化」という切り口から日本における飲酒文化の展望を伺った。バブル経済の崩壊とともに縮小をつづけるアルコール飲料市場の歴史を紐解いて見えてきたのは、日本企業の労働文化と飲酒の強い結びつきだった。

(文:石堂実花 写真:今井駿介 編集:鷲尾諒太郎)

日本の「お酒」は、戦後の労働文化とともにあった

宇野:今日は「流通」を切り口に、日本人の「お酒」との向き合い方について、坂口さんにお伺いしたいと思っています。

坂口:ではまず、定量的に見ていきましょう。(統計が存在する期間の中で)日本において最もお酒が飲まれていたのは平成初期です。成人一人当たりのアルコール飲料消費量がピークを迎えたのは1992年ですからね。

このころ社会で何が起こっていたかといえば、バブル経済の崩壊です。つまり、バブル崩壊と「アルコール離れ」は同じタイミングで起こっている。

ここから何が言えるのか。

これは僕の仮説なのですが、平成初期までアルコール飲料市場が伸び続けていたのは、会社の接待交際費のおかげなのではないかと。

宇野:戦後の会社、あるいは労働文化とお酒は二人三脚だったと。

坂口:そうです。アルコール飲料の流通量と共に、日本人の労働時間も年々減少しています。馬車馬のように働いていたいわゆる企業戦士たちは、その疲れを接待交際費を原資とした「飲み会」で癒やし、それがアルコール飲料市場を成長させ続けていたのではないでしょうか。

しかし時代は流れ、経済的な後退によって接待交際費の締め付けは厳しくなり、他方で「長時間労働は悪だ」という空気が世の中を覆うようになった。それに伴って、酒量も減少したのだと思います。つまり、湯水のように接待交際費を使うことができたビジネスパーソンたちが日本の飲酒文化の中心にいたわけですね。

最近は「飲まないこと」が新たなライフスタイルとして注目を集めていますが、それはあくまでも表層的な話であって、経済や労働文化といった下部構造にも注目すべきだというのが僕の考えです。

宇野:すごく納得のいく話ですね。この連載でもお話を伺ったゲーム研究者の井上明人さんは「戦後の重工業社会に適応した国は、一人あたりの飲酒量が多い傾向にある」という指摘をしていました。飲酒自体が製造業の労働者と、彼らを管理するホワイトカラーのカルチャーであると。こうした労働集約的な産業が後退すると、飲酒量が減るそうです。

坂口:その話で思い出したんですが、ドイツでは酒が一番消費されているのは朝の時間帯だという調査結果があるんです。これは、工場労働が三交代制であることが関係していると言われています。

宇野:夜勤明けの労働者が明け方に……?

坂口:と、思いますよね。でも、なんと朝番の工場労働者たちが仕事前にビールを飲んでから働きに行くそうなんです。酒を引っかけて、騙し騙し仕事を乗り切るという労働文化が、ドイツの酒類の流通とつながっているということですね。

さすがに日本では見られない光景ではありますが、今おっしゃった労働集約型の産業構造が飲み会文化をつくったという話はその通りだと思います。

ノンアルコール飲料は、お酒に対する需要を奪ったのか

宇野:それが日本の場合、JTC(Japanese Traditional Company=日本の伝統的な大企業のこと)の共同体主義的なアプローチ、すなわち「人間関係」の力学やそれをベースにした意思決定を優先する文化と相まって、飲み会の存在が異常に肥大化していったわけですね。

それがここに来て、さすがにこの種の昭和的な「飲み」は陰湿な人間関係とハラスメントの温床として忌避されるようになってきている。

そしてもう一つ、別の流れとしてグローバルな現役世代の健康志向があるようにも思います。実際に僕もカロリーを気にしているので、カロリーゼロのノンアルコールカクテルを箱買いしているのですが、この種のノンアルコールドリンクにはいわゆる「トクホ(特定保健用食品)」が多いのはその証拠のように思えます。

坂口:ノンアルコール飲料の市場規模は、調査によって差があるのですが、2023年時点でおおむね1,000億円ほどだとされており、ここ10年で1.4倍の規模になったといわれています。 2030年までには2,000億円に到達するという予想もある。

一方、アルコール飲料、たとえばビール類の市場規模は、ピークである1994年の約4割程度にまで落ち込んでいます。ただし20年前から比べると、発泡酒やリキュールなどのいわゆる新ジャンル飲料の消費量は伸びているので、ビールへの需要がそちらに流れたと見ていいでしょう。

とはいえ、成人一人当たりのアルコール消費量でみると、1992年の101.8Lがピークで、そこから年々減少し2021年には74.3Lとなっている。

宇野:日本人がお酒を飲まなくなっているのはたしかだけれど、お酒に対する需要をノンアルコール飲料が奪っている、とは言えなさそうですね。もしそうであれば、ノンアルコール飲料市場はもっと伸びていてもいいはずです。

坂口:OECD(経済協力開発機構)の調査によれば、「日本では、アルコール消費量上位20%の人が、国内で消費されるアルコール飲料の70%を消費している」。成人一人当たりのアルコール消費量は、ピーク時から2割程度「しか」減っていないと思われるかもしれませんが、上位20%の人がお酒を飲み続けている限り、全体の消費量はそこまで変化しないんです。

見方を変えれば、「お酒は飲むけど、付き合い程度」という方のお酒の消費量が減っている、あるいは「まったくお酒を飲まない」という人が増えているからこそ、成人一人当たりのアルコール消費量が確実に減っているとも言えます。

いずれにせよ、「お酒離れ」は今後も進んでいくと思います。

もはや、酔っ払うこと自体が敬遠されつつあるじゃないですか。10年、20年後には、「酒に酔って人とコミュニケーションを取ること」そのものがハラスメントとみなされる可能性もあると思っています。

宇野:その可能性はありますよね。僕は飲酒という行為やお酒そのものを批判したいとは思わないけれど、昭和の飲み会文化はさすがに害悪だと思うし、そもそもシラフの人間が同意なく酔っ払った人の相手をさせられるのは、かなりのストレスだというのはもう少し理解されるべきだと思います。

社会は「お酒を飲む成人男性」を基準につくられている?

坂口:最近、とある企業の方に聞いて驚いたのですが、企業説明会の際に学生さんから「飲み会はありますか」と聞かれることが増えたそうです。つまり、「飲み会の有無」が入社する会社を選ぶ基準の一つになっている。「飲み会」が企業の人材獲得力にも影響を及ぼしていることを知って、びっくりしたんです。

宇野:僕も就職活動中の大学生だったら同じことを聞いていると思います。お酒の好きな人はあまり気づいていないけれど、実は今の社会には「お酒を飲む成人男性」を基準につくられていることがたくさんある。

たとえば僕は東京は「眠らない街」なのが魅力の一つだと思うのだけれど、お酒を飲まない人が、深夜に複数人で入りやすいお店ってほぼファミリーレストランしかない。これはとてももったいないことだと感じています。

坂口:数年前、ある飲料メーカーさんと仕事をした時、担当者が「ノンアルコールや微アルコール飲料が求められているのは、『働く時間』が分散しているからだ」と話していました。

たとえば、かつて「夫が働きに出て、妻は家を守る」という価値観が一般的だった時代、日中はそれぞれの場所で仕事や家事をしていました。そして夜になり、夫が帰宅して子どもを寝かしつけた後にやってくる「夫婦共通のオフの時間」にお酒を楽しんでいたと思うんです。

しかし時代は変わり、共働きの世帯が増えました。さらに言えば、コロナ禍の影響もあって、「夫婦が互いに家でリモートワークをしている」という家庭も増えたのではないかと思います。そうすると、必然的にどちらかが日中に家事をしなければならず、残った仕事は夜にこなすことになる。あるいは、その逆もあるかもしれません。

つまり「日中に家事や仕事をし、夜はオフ」というライフスタイルばかりではなくなっているわけです。また、経済がグローバル化したことによって海外とのやり取りが増え、夜間も働いている人も増えていると思います。

日本において、アルコールが消費されていたのは、基本的に夜の時間帯だったと思うんです。しかし、「労働の時間」が分散されたことによって、夜に酔っ払ってばかりもいられなくなった。だからこそ一息付くにしても、微アルコールやノンアルコール飲料で済ませる人が多くなったのではないでしょうか。

宇野:僕は人類全体がだんだんと朝型になると思ってるんです。映画『PERFECT DAYS』を観たのですが、今後、多くの人が主人公の平山さん……はさすがに極端だけれど、僕は労働の形態が変わったり、この「酒離れ」が進む結果として、今より少し朝型になる人が多くなると思う。そもそも人間がなぜ夜更かしをしていたかというと仕事を終えて帰ってから「飲み会」をしたり、家でテレビを見ながら晩酌をしていたりしていたからだと思うんですよね。

坂口:そういえば、平山さんの部屋にはテレビがありませんでしたね。

宇野:JTCにおけるメンバーシップ型雇用はその忠誠心を計る指標として「残業」を実質的に奨励してきたし、それを強化するための「飲みニケーション」も盛んだったわけです。こうなると深夜にしか自分の時間を取れないから、多くの社会人は夜型になっていく。

しかし今世紀に入って次第に労働集約型の産業構造は衰退し始め、メンバーシップ型の雇用も前時代的なものになりつつある。それに伴って、飲酒文化も後退しているとすれば、僕たちはたぶん平日にそこまで夜更かししなくなると思うんです。

なぜ「飲みニケーション」は生まれ、どんな役割を果たしたのか

坂口:このグラフを見てください。

参考:国税庁『酒のしおり』(令和4年3月)「令和2年度成人1人当たりの酒類販売(消費)数量表(都道府県別)」/内閣府『県民経済計算』(平成23年度 – 令和2年度)「1人当たり県民所得」/沖縄国税事務所『統計情報』(令和3年)間接税(酒税)「8-3 販売(消費)数量」/e-stat「都道府県,年齢(5歳階級),男女別人口-総人口,日本人人口(2020年10月1日現在)

坂口:縦軸が「成人一人あたりのお酒の消費量」で、横軸が「県民一人あたりの所得」です。これを見ると、一人あたりの所得が高い都道府県ほど、酒の消費量は低くなる傾向にあるのですが、東京だけが例外なんです。さらにさまざまなお酒の販売量で見てみると、価格が高いお酒のほとんどが東京で消費されています。

宇野:面白いですね。東京が「例外」になるのは、大企業の本社のほとんどが東京にあること、つまり企業内の「飲みニケーション」だけではなくて、「接待」が多いというのもあるのかもしれないですね。

坂口:やはり、「会社」が飲酒文化に深く関係している。

宇野:「飲みニケーション」をしている多くの企業人が消費してるのはお酒ではなく、人間関係ですよね。そもそもこれは酩酊することで「本音」を共有して、その「本音」こそがメンバーシップの確認にもなる。だからこそ、メンバーシップ型雇用と飲酒はすごく親和性が高い。

そもそも飲みニケーションって、制度ではなく文化ですよね。僕は日本の企業文化が変わらない限り、「働き方改革」なんて無意味だと思っています。よくJTCの象徴として副業規制や年功序列型の給与制度などが挙げられますが、メンバーシップ型雇用と「人間関係」をベースとした企業運営こそがJTCの本質です。そこをどうにかしない限り、何も変わらないと思います。

坂口:日本の企業において、飲みニケーションが重要な位置を占めているもう一つの理由は、「グループ会社制」にあると考えています。

たとえば、トヨタは単体で7万人の従業員を抱えていますが、この数はゼネラルモーターズなど、世界の大手自動車メーカーと比べるとかなり少ないんです。しかし、グループ会社の従業員数も含めると、ゼネラルモーターズ単体と同等の数になります。

同じグループだとはいえ、「他企業」と協働しながら自動車を生産しているわけですが、その際、何が重要になるかというと「目線合わせ」や「すり合わせ」ですよね。組織の壁を越えて、すり合わせをする際、飲み会はとても有用です。トヨタはあくまでも一つの例に過ぎませんが、日本のJTC、特に重工業産業に属する企業はグループ会社制を採用し、発展してきました。そういった企業にとって、「飲み会」は不可欠な文化の一つだったのだろうと思います。

宇野:労働集約型の産業においては、どうしても制度外の人間関係の構築にコストを割かなければならなかったということですね。ただ、現代のITC化された製造業や、グローバルな経済構造下で、このやり方は有効ではなくなってしまっているのはまさに坂口さんが度々指摘している通りなわけで……。

「飲み会」から「日本企業の未来」を考える

坂口:日本でメンバーシップ型雇用と「飲みニケーション」がつづくもう一つの理由として、退職金の優遇制度があると思っています。日本の場合、勤続20年を超えると、退職金の所得控除額が引き上がるので、どうしても長く勤めようとする人が増え、結果的にメンバーシップを重視する力学が働きます。

これはあくまでも一つのアイデアでしかありませんが、「転職した人は、向こう5年間の所得税を免除する」という制度ができたら、もうちょっと人材の雇用の流動化も進むのではないでしょうか。

宇野:この種の議論につきまとうのは、ジョブ型の雇用が中心の社会で転職や副業を駆使してキャリアアップをできるのは一部のエリートだけで、能力や運に恵まれない人を捨て置く考え方だ、という批判だと思います。

この問題を回避するためには、やはり都心の意識が高い人の「カッコいい生き方」としてそれが持ち上げられるのではなくて、副業や複業がもっと「普通のこと」になるとか、みんないくつか小さな収入源のある自営業的な生き方が定着するとか、そういったことが必要になると思います。

対して企業も、ジョブ型の雇用に転換するだけではなくて、もっと他の社員やフリーランスを大胆に巻き込むプロジェクトベースのチーム編成をする方法を洗練させていくべきだと思います。

坂口:なるほど。会社組織を細分化し、小集団ごとに独立採算で運営する経営手法をアメーバ経営と言いますが、それを発展させるイメージですね。

宇野:そうです。「会社に所属すること」の意味、あるいは会社の存在意義から捉え直すべきタイミングなのではないかと思っています。

坂口:「独立か企業人か」という二択ではなく、第三の道が必要なのかもしれませんね。

宇野:なかなか理解してもらえないことですが、「飲みニケーション」を否定する立場と「飲酒」という文化をリスペクトして、社会の多様性を担保するために大切にしようという立場は両立できるはずなんです。いま大事なのはむしろ「酒」という文化を、日本的な労働文化の悪習、つまり「飲みニケーション」から解放することなのかもしれないですね。

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Author
評論家 / 〈PLANETS〉編集長 / 立教大学社会学部兼任講師

評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。著書に『遅いインターネット』(幻冬舎)、『2020年代の想像力』(早川書房)、『母性のディストピア』(集英社)、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、猪子寿之との共著『人類を前に進めたいーチームラボと境界のない世界』(PLANETS)など多數。立教大学社会学部兼任講師も務める。

Editor
ライター

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者 ←LocoPartners←リクルート。早稲田大学文化構想学部卒。『designing』『遅いインターネット』などで執筆。『q&d』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。

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