“同じ真珠”はひとつもない。TASAKIは海で「生きた宝石」をどう育て、ラグジュアリーに変えるのか

安藤 鞠

日本発のラグジュアリージュエラーTASAKI。そのアイコンジュエリー「balance」(バランス)シリーズをご存知だろうか。

直線のバーに沿ってサイズ、色、輝きの揃った真珠が3つ、5つ…と端正に一列に並ぶデザインが特徴で、その真珠はどれも完璧なまでに丸く、豊かな光沢を放っている。

(TASAKI提供)タクーン・パニクガル氏がデザインする「Balance」シリーズの原点、直線的に5珠のあこや真珠を並べたバランス シグネチャー リング イエローゴールド  584,100円

真珠はかつて、膨大な数の貝からわずかしか見つからない海の神秘とされた。「人魚の涙」とも謳われた真珠は、時代により権力や富の象徴となり、ときには命をかけて人々はその輝きを追い求めた。

1907年、日本で初めて真円真珠の養殖技術が確立されると、真珠が広く行き渡る時代が到来する。しかし、養殖であっても真珠は自然の産物である。真珠層が形成される仕組みそのものは、天然の真珠と変わらない。

同じ海で、同じように育てても、殻を開けるその瞬間まで、どんな色味や形の真珠が眠っているのかは誰にも分からない。真珠の養殖とは、あらゆる要因が複雑に絡み合う不確実性に満ちた世界と向き合うことだ。

はたして、TASAKIはなぜbalanceのようなジュエリーを生み出すことができるのか。

DIG THE TEAは8月、TASAKIの長崎の養殖場と神戸本社のアトリエを訪れた。2つの現場をめぐって見えたのは、自然と向き合う最先端の養殖技術と、クラフツマンシップに支えられた手仕事のクオリティだった。日本ならではの新ラグジュアリーを辿る2日間をレポートする。

(取材・文:安藤鞠   写真:加治枝里子 編集:笹川ねこ)

“同じ真珠”は一粒もない。真珠を生みだす長崎・九十九島へ

「きれいな海でなければ、美しい真珠は作れない」

TASAKIのグローバルCEO、リシャール・コラス氏は社員にそう語る。

美しい真珠と、それを育む海を目指して、私たちは長崎県佐世保市の九十九島(くじゅうくしま)にある養殖場へ向かった。

目の前に広がるのは、リアス式海岸と島々が織りなす穏やかな海。その下には、何万ものあこや貝が波にゆらゆらと揺蕩(たゆた)っている。

九十九島の養殖場は、真珠を育む母貝(ぼがい)を育てる重要な拠点。ここで育てた母貝を、愛媛県の宇和島、三重県の伊勢志摩にも送り、3つの養殖場で母貝に核を入れて真珠を養殖している。

一般的に「養殖」という言葉は、「均一な管理」や「高い再現性」といったイメージを呼び起こす。工業製品のように、人間が計画したとおりに作られると想像しがちだ。

しかし、卵からあこや貝を育て、真珠として浜揚げするまでには3〜4年の月日を要する。真珠を養殖するプロセスの大半は、海という自然環境に委ねられている。

真珠は、あこや貝が体内に入った異物から身を守るために分泌された炭酸カルシウムとタンパク質からなる「真珠層」が、何千層も積み重なることで作られる。養殖した貝が海で成長する間、人間ができることは、貝がストレスなく健やかに育つ環境を整え続けることだ。

どれほど手をかけ大切に育てたとしても、生みだされる真珠は、ひとつひとつすべてが異なる。水温や海流、餌となるプランクトンの種類、貝の調子などの要因によって、環境は日々刻々と変化する。ときには赤潮やウイルスで大打撃を受けることもあり、人の手によるコントロールは不可能なのだ。

人の技術×サイエンス、TASAKIの真珠養殖

海の環境はコントロールできないが、真珠の養殖には精緻な技術が求められる。とりわけ最初の「核入れ」は、養殖そのものを左右する鍵となる工程だ。

真珠を体内で育む「母貝」に、丸い「核」と、別のあこや貝の外套膜(がいとうまく)を約2mm角で切った「ピース」を正確に移植していく。

真珠のクオリティは、このピースに左右されるともいわれ、特に状態の良い貝のものが選ばれる。表と裏を見極めて核に密着させ、速やかに貝の体内へと手作業で収めていく。

大学で水産学を専攻しTASAKIに入社した技術者が、核入れの工程を教えてくれた。

目の前で、あこや貝の個体差に合わせて、核の挿入場所を指先の感覚で見極め、速やかに核を入れる。

「人間に置き換えて考えると、核入れは異物が入ってきたようなもの。母貝にとってはストレスで、うまく入れないと核を排出したり、負担が大きすぎると死んでしまったりします」

ロボットでは代替できない繊細な工程だ。核入れした貝の生存率、真珠の品質などは技術者ごとにデータ化され、フィードバックされるという。

核入れを終えた母貝は、約1カ月間、穏やかな海で体力を回復させる。この間に、移植されたピースが分裂により増えて、核の表面を包み込む「真珠袋」を作る。

この真珠袋が形成されないと真珠はできない。なぜなら真珠を作る真珠層は、真珠袋の内側から分泌されるからだ。核を入れただけでは真珠は形成されない。

九十九島養殖場の野中マネージャーによると、稚貝の成長に合わせてカゴを入れ替える「分殖」の工程をくり返して、母貝としての準備を整える。

養殖場を案内してくれた野中マネージャー

貝が小さいうちは、カニなどの外敵がカゴに入らないように小さな網目で育て、成長に合わせて目の粗い網に変えていき、のびのびと育つよう貝の密度も下げていく。また、殻に付着して母貝の成長を阻害するフジツボなどの付着物も定期的に取り除いている。

こうして十分な休息を経て、貝はいよいよ沖合の本養殖場へ。

真珠は、餌となるプランクトンによっても巻きや色が変わるため、潮の流れを見極めて、新鮮なプランクトンがたっぷりと運ばれてくる場所に養殖いかだを設置する。

船で沖合の養殖場に向かうと、その静かで美しい景色に目を奪われる。養殖場で船を停めると、野中マネージャーがカゴを引き上げてくれた。

ここで取材チームは、1人ずつ計3つのあこや貝を選ばせてもらった。サイエンスと手仕事の技術を結集して養殖してきた貝だが、いざ貝を開いてみると、真珠が育っていないことも、真円でないことも、一粒ずつ色が異なることもよくあることだ。

さて、私たちが選んだ貝には、真珠が入っているのだろうか。

その場で、ひとつずつ貝の殻を開けてもらう。貝のなかに真珠が入っているのが目に入ると、自然と歓声が上がる。

同じカゴで育った3枚のあこや貝ながら、色、形、照りがすべて異なる真珠が顔をのぞかせた。

ここで育った真珠のすべてがジュエリーになるわけではない。浜揚げされた真珠のうち、TASAKIの品質基準をクリアするものはわずか約30%だという。

自然のなかで育まれた真珠。同じ海で、同じように育てても、同一の真珠が育つことはない。あらためて、パールは工業品とはまったく異なる天然の嗜好品なのだと気づかされる。

真珠養殖と向き合う野中マネージャーに、最高級の真珠が一直線に並ぶbalanceのデザインを初めて見たときの感想を尋ねてみると、「一番ごまかしが効かないデザインを描いてきたなと。当初はできるわけないと思った」と振り返ってくれた。

気候変動、高水温に強い母貝の開発も

TASAKIでは、自然災害や赤潮、高水温のリスクを想定し、生産計画を十分に満たす規模の母貝を育て、不測の事態に備える。赤潮の発生情報などは近隣の漁業者とも共有し、地域全体で海の変化をフォローしている。

このように技術者たちは、貝にストレスを与えないよう手塩にかけて環境を整えるが、近年の気候変動、とりわけ海水温の上昇は、真珠の質のみならず、母貝の免疫機能にも影響を与えている。さらに、高水温で活発になった病原体やウイルスが母貝に感染し、大量死という悪循環を引き起こすこともあるという。

この環境の変化に対して、TASAKIは遺伝学的アプローチで立ち向かう。

目指すのは、高水温への強さと真珠層の美しさを兼ね備えた母貝の開発だ。あこや貝の血液から抽出した遺伝子を調べ、暑さに適応した系統を探索して、美しい輝きを生む系統との交配を重ねていく。新たな母貝は、他の養殖場などでもよい生育データが出ているという。

神戸のアトリエへ。熟練の目で選び抜く、真珠の品質

長崎、愛媛、三重で育まれた真珠は、TASAKI創業の地・神戸のアトリエへと運ばれる。

国際的な貿易港のある神戸は、明治時代から真珠加工と貿易の中心地として発展してきた歴史を持ち、世界に流通するあこや真珠の約7割が集まる「パールシティ」だ。

浜揚げされて基準をクリアした真珠は、TASAKIの神戸アトリエでさらに厳しい選別を受ける。この選別を支えるのは、クラフツマンの研ぎ澄まされた「目」である。

真珠の評価は、「巻き、光沢、色目、形、大きさ」の5つの基準で決まる。

TASAKIでは、1層あたりわずか0.3〜0.5マイクロメートルの真珠層がどれほど厚く重なっているかを表す「巻き」と、均一な層に取り込まれた光が反射と屈折を繰り返すことで生まれる「照り」を重視する。

真珠の「巻き」によってグレードは変わる

勤続38年になる素材加工部の大西シニアマネージャーは、「最後はいつだって人間の目です。どれほどの工程をパスしても、最後の組み上げでわずかでも違和感があれば、やり直します」と語る。

複数の珠が並ぶネックレスでは、真珠の個性を見極めながらその調和を生み出すことが重要になる。色、照りなどで20種類以上に細分化された中から、同じカテゴリーの真珠を一本の美しいネックレスへと連ねていく。

ネックレスは、骨格のカーブや傾斜、そして人間の視覚を考慮して設計されている。胸元にくる中央の真珠がほんのわずかに大きくなるように、1ミリにも満たない絶妙なグラデーションをつける。すると、身につけたときに均一な大きさに見え、調和が生まれるのだ。

光の変動が最も少ない北向きの自然光の下、クラフツマンはわずか3秒で真珠を転がして、キズや歪みを見極め、最も目立たない位置から穴を開けていく。

balanceには、最高グレードの真珠が選び抜かれる。このカテゴリーに振り分けられる真珠の数は、なんと浜揚げされた真珠の1%にも満たないそうだ。

(TASAKI提供)

細かな装飾を手がけるクラフツマンのフロアでは、熟練者の両隣に若手が座って作業していた。

若者たちは熟練クラフツマンの指先の動きを観察し、技術を磨き上げ、何かあればすぐに相談できる。マニュアルには書き残せない繊細な技術を学び合える多世代の環境が、TASAKIのクオリティを未来へとつないでいく。

この日、あるクラフツマンは、顧客が愛用していた真珠のネックレスをブローチに仕立て直す工程を進めていた。1点もののビスポーク(個別注文生産)やリメイクに寄り添うラグジュアリージュエラーの姿勢は、クラフツマンの精緻な技によって支えられていた。

真珠だけではない。ダイヤモンドの品質と加工技術

ジュエリーに息吹を吹き込むのは、真珠だけではない。TASAKIでは、最高グレードのダイヤモンドやカラーストーンを活かして、ハイジュエリーに昇華させていく。

ダイヤモンドに入った光を逃さず反射させ、輝きを最大限に高めるラウンドブリリアントカット。最新の3Dスキャンを導入してダイヤモンドの内包物などを分析し、最適なカットを決定する。

そのうえで最終的には、クラフツマンが研磨機の微細な音や振動、摩擦熱によるかすかな匂いといった五感を総動員して磨き、国際基準をも上回るレベルへと仕上げていく。

天の川を思わせる小粒のメレダイヤのクオリティにも目を配る。プロでも判別が困難な合成ダイヤモンドについても、専用の装置を使って混入がないか全数チェックする。

さらにクラフツマンが、小さいサイズだと1ミリに満たないメレダイヤを一石ずつ確認し、わずか5秒ほどでクラリティ(透明度)やカットを見極めていく。

ラボで試作、クラフツマンの五感×先端技術

養殖場だけでなく、神戸のアトリエにあるラボでも、最先端の技術が駆使されていた。

balanceを手がけるタクーン・パニクガル氏をはじめ、デザイナーから届く斬新なデザインは、3D CADによって立体に起こされ、3Dプリンターで高精度な試作モデルが作られる。

かつては何日もかけて手作業で製作していたが、今では翌朝にはバネなどの構造まで組み込まれたモックアップを確認できる。これを元に、デザイナーとフィードバックを交わし、ブラッシュアップしていく。


さらに、高温で溶かした金属を型に流し込み冷やして固める鋳造が主流のジュエリー製作において、数値を制御できるNC加工機が導入されており、従来の手作業では困難とされた高い精度が求められるデザインの削り出しができるようになるなど、ジュエリーの表現の幅も広がっている。

加工だけでなく、TASAKIオリジナルの地金や素材の開発にも向き合う。

2011年には、従来のピンクゴールドに比べて、より日本人の肌になじみ、かつ優美な日本らしさを表現できるTASAKIオリジナルのSAKURAGOLDTMを発表。担当者は「オリジナルのピンクゴールドを持つため、日本の象徴である桜をイメージして地金の開発に取り組んだ」とその意義を語った。

balanceの秘密、海で育った真珠がジュエリーになるまで

長崎の養殖場と、神戸のアトリエを巡ったいま、冒頭の問い「TASAKIはなぜbalanceのようなジュエリーを生み出すことができるのか」に立ち戻ってみよう。

取材を経て、この問いは「TASAKIはなぜ最高グレードの真珠を5つ並べることができるのか」と言い換えてもいいのではないだろうか。

先にも書いたが、balanceのために選び抜かれた最高グレードの真珠は、浜揚げされた真珠の1%にも満たない。

その答えを丁寧に紐解いてみると、母貝の育成から真珠養殖、そしてハイジュエリーの制作を支えるクラフツマンシップまで。生産と工芸を一気通貫でつなぐTASAKIだからこそ、真珠の既成概念を超える balanceを生み出すことができたのだろう。

(TASAKI提供)

TASAKIでは、デザインと生産予定数から必要な真珠の数を逆算し、数年前から綿密な養殖プランを立て、実行する。九十九島だけでも年間約80〜100万貝という圧倒的なスケールだ。

そして、神戸のクラフツマンの目による確かな分類、高度な加工技術、徹底した品質管理。それらが一本につながることで、最高グレードの真珠が並ぶ balanceが生まれる。

バトンは、さらにセールス部門にもつながっていく。

新卒で銀座本店でのセールスを経験した広報の社員は、当時接客のなかで寄せられた小さな疑問を確かめるため、「お客さまには本当に良いものをお届けしたい」という思いで、同期の養殖技術者に電話をかけたエピソードを教えてくれた。

海で真珠を育て、最高品質のジュエリーを手がけ、国内外の客に纏う体験を届ける。一本の線でつながるTASAKIのプロフェッショナルたちが balanceをアイコンジュエリーたらしめていた。

TASAKIから考える、新ラグジュアリーのあり方

「『真珠を育てるのに、これほど大変な背景があったとは』――そう知っていただけるだけで、私たちのすべての苦労は報われます」

九十九島養殖場のマネージャーは、海の上でこう語ってくれた。

あらためて、ゴールドのバーに沿って並ぶ5つの真珠を眺めると、その圧倒的なモダンさとミニマリズムに魅了される。

養殖場と神戸を訪れた私たちはいま、このシンプルな直線に、どれほどの技術と手仕事が息づいているかにも思いを馳せることができる。

現代における新ラグジュアリーとは、単に希少性やステータスを示すものではない。自然とつながり向き合ってきた時間、つくり手の知恵や技術、そして生産の背景までを含めて、そのものに宿る価値を享受することではないだろうか。

TASAKIは、地域に根差した「生きた宝石」である真珠の養殖を、最先端のサイエンスと技術者の手仕事をかけ合わせることで可能にしている。そして、モダンで洗練されたデザインとクラフツマンの研ぎ澄まされた技術によって、世界を魅了するハイジュエリーへと変えていく。TASAKIは、日本らしい新ラグジュアリーを体現するブランドといっていいだろう。

5つの真珠は、これからのラグジュアリーのあり方を静かに示していた。

TASAKI



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Author
サイエンスライター

大阪大学大学院工学研究科修了(工学修士)。 約20年にわたる生命科学や医療・環境分野での研究経験を経て、2018年にサイエンスライターへ転身。徹底したリサーチと、相手の熱量に寄り添う対話を大切にしている。工学的なロジックに人文・芸術の感性を掛け合わせる文理融合のアプローチで、難解な科学の世界を自然の美しさや日常とつなぎ、地に足のついた言葉で届ける。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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